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それから電話がつながるたびに、あたしはテレフォンセックスに持ち込もうとした。男が喜びそうな声の出し方や言葉なんかも少しずつわかってきた。それでもなかなか3分の壁は越えられない。30分以上電話がつながらないこともしょっちゅうだった。こんなんじゃ稼げない。あたしは焦りはじめていた。
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それから電話がつながるたびに、あたしはテレフォンセックスに持ち込もうとした。男が喜びそうな声の出し方や言葉なんかも少しずつわかってきた。それでもなかなか3分の壁は越えられない。30分以上電話がつながらないこともしょっちゅうだった。こんなんじゃ稼げない。あたしは焦りはじめていた。
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「もしかして、こういうの初めてだった?」
「うん、ちょっとびっくりした。」
「俺、テツヤっていうんだ。名前聞いてもいい?」
「・・・ミカ」
久しく連絡を取っていない友人の名前を借りる。ミカはまだあのコンビニにいるのだろうか。一瞬トシオのことが頭に浮かんだ。
「俺、ミカちゃんのこと気に入っちゃった。またつながったら、よろしくね~。」
そういって電話は切れた。
ふぅっとため息が出た。時計を見ると30分以上がたっていた。すごい。新記録。あたしはパンツをはき、その日は電話を切った。
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「今、どんなかっこしてるの?」
「え・・・普通にTシャツにジャージだけど・・・」
「下着は何色?」
今までとは違う展開にドキっとする。あたしはジャージの隙間から自分のパンツの色を確かめる。
「今日はピンクだった。」
「ブラは?着けてる?」
「着けてるけど・・・」
「じゃあ、とっちゃおうか。」
あたしはバカ正直に言われたとおりブラを外す。
「とったけど・・・」
「おっぱい、触ってみてよ。」
あぁ。テレフォンセックスってやつか。納得する。恥ずかしいけど、これなら時間を稼げそうだ。あたしは言われるままに胸に手をやる。
「どう?おっぱいどんな感じ?」
「ちくび、立ってきた。」
「じゃあ、その乳首、舐めてあげるからね。」
電話の向こうでぺちゃぺちゃと音がする。あたしは、それに合わせてあえぎ声を出してやった。
「パンツも脱いじゃおうか。オマンコどうなってる?」
あたしはパンツを脱いでマンコを触ってみた。
「濡れてる。」
ウソをつく。
「触って。音聞かせてよ。」
一瞬と惑ったが、ちょうど近くにクリームがあったかのでそれをマンコに塗りたくった。携帯をマンコの近くに持っていき、指でクチュクチュと音を立ててみた。
「聞こえた?」
「聞こえたよ。俺のチンポもカチカチになってるよ。ねえ、入れていい?」
「いいよ。」
そう言うと、男は電話の向こうで変なあえぎ声を出し始めた。
「いくよ。出していい?」
「いいよ。」
男は、勝手にイった。
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朝起きて真っ先にリタリンをのむ。それが新しい日課となった。バイトを探そうと思ったが、傷のことを考えると怖くて勇気がでなかった。夕方には効き目が切れることがわかったので、薬が効いている時間を使って、まず部屋の掃除をすることにした。長い間掃除をしていなかったあたしの部屋は、たくさんのモノであふれかえっていた。ドアからベッドまではかろうじて道があるものの、それ以外は服やコスメ、雑誌、空のペットボトルなんかが積み重なり、床すら見えない状態だった。
ペットボトルだけで、ゴミ袋が1ついっぱいになった。洋服は洗濯機に放り込み、雑誌は本棚に並べる。コスメはポーチにまとめてクローゼットに入れる。それだけで部屋は見違えるほどきれいになった。掃除機をかけていると、ベッドの下にあったレディコミに気がついた。パラパラとページをめくってみる。ああ、そういえばこんなの買ったことあったっけ。ページの後ろのほうにある求人広告をながめていると、在宅テレフォンレディーという言葉が目にとびこんできた。
テレフォンレディー、ようするにテレクラのサクラのことだ。登録して、男と話をするだけでお金がもらえる。自宅にいながら好きなときに好きなだけ働ける、というのがすごく魅力だった。しかも自給がものすごくよかった。
コレだ!と思った。これなら、あたしにだってできる。載っている番号に電話をかけてみる。男が出て、名前や誕生日などいろいろ質問をされた。
「ではパスワードと専用の電話番号をお伝えするので、メモをとってください。すぐにお仕事を始めていただけますよ。それから、3分以上話さないと課金はされませんので、なるべく話を引き伸ばしてくださいね。」
あっけないくらい簡単に登録は完了した。薬が切れててだるかったが、それ以上に興奮していた。これでお金が稼げる。早速教えられた番号に電話をかける。パスワードを入力すると、ツーショットダイヤルにつながった。音楽がながれている。しばらくしてピピッと音がした。男とつながった。
「・・・もしもし」
「こんばんは。」
「・・・こんばんは」
「かわいい声してるね。」
「え・・・」
「いくつ?」
「23。最近カレシにふられたんだ。」
そうだ、話を引き伸ばさなきゃ。
「じゃあ、さみしいんだ?」
「うん、初めて、電話した。」
「僕、直接会える子探してるんだけど、会えない?」
意外な展開だった。でもここで切られるとお金にならない。
「え~、もう少しお話してからじゃないと・・・」
「んー、ゴメン。すぐに会える子がいいんだ。じゃあね。」
プツっと音がして、再び音楽が流れ出す。時間をみると、1分にもなっていなかった。
その後何度か男とつながったが、同じようなものだった。会えないとわかればすぐに電話を切られてしまう。どうしたらいいんだろう。
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時間がたつにつれて、あの異常なまでのやる気は徐々に薄れていった。ベッドに入って考える。あの高揚感はなんだったんだろう。あれがリタリンの効き目なのだろうか。こんな薬は初めてだ。どうしてもっと早くに出してくれなかったんだろう。その夜はなかなか寝付けなかった。
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次の朝、いつもの薬と一緒にリタリンを飲んでみた。効果を感じるまでには30分もかからなかった。あんなにだるかった体が、ウソみたいに軽くなった。ずっちゃくと忘れていた”やる気”が体中に溢れていた。世界が変わった瞬間だった。
バスルームに行き、鼻歌を歌いながらシャワーを浴びる。久しぶりに「気持ちいい」と感じた。髪を乾かし、アップにまとめ、メイクをする。なんでこのくらいのことが今までできなかったのか、不思議でしょうがなかった。着替えようとしたが、着たい服がない。そういえば、洋服なんてずっと買っていない。とりあえず適当に服を選び、あたしは外にでた。太陽が眩しかった。
駅前のファッションビルに行き、店内をぶらぶら見て回った。目にとまったチェックのワンピースを試着してみる。鏡に写った自分がすごく素敵に思えたので、そのまま着ていくことにした。化粧品コーナーに行くと、好きなメーカーの新色が出ていた。ラメの入ったピンクのアイカラーを買う。本屋でファッション誌を買い、ファーストフード店に入る。ハンバーガーとドリンクを注文し、席で買ったばかりの雑誌を広げる。目に映るもの全てが輝いて見えた。世界はなんてすばらしいんだろう!
アクセサリーも買おうと思ったが、財布にはもう小銭しか残っていなかった。コンビニを辞めて以来、収入なんてあるわけがない。病院代は親が出していたし、家に閉じこもっていれば特にお金なんて必要なかった。でも今は違う。欲しいものはまだまだいっぱいある。親にはこれ以上迷惑はかけられない。お金を稼がないと、と思った。
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「リタリンという薬があるんです。」
おもむろに平山が言った。
「リタリン?」
「はい。強い薬ですが、これを飲むとかなり楽になると思います。よっぽどひどい症状の方じゃないと処方できない薬なんですが、試してみますか?」
「・・・はい。」
薬が変わったって、どうせあたしは変わらない。もうどうだってよかった。
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あたしは相変わらず1日のほとんどをベッドの上ですごした。眠る以外の時間は、ただただ窓から見える空を眺めていた。外出するのは病院に行くときだけだった。抜糸はあっけないほど簡単だった。ゲジゲジが消えた代わりに、ギザギザした大きな傷跡があたしの腕に残った。薬は、量が増えたり、変わったり、種類が増えたりした。それでもあたしは何も変わらなかった。
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目が覚めると、窓の外は暗かった。同じ夜なのか、次の夜なのか。あたしはトシオのアパートの鍵を握り締めたまま、着替えもせずに眠っていた。ああ、そうか。トシオに会いに行ったんだっけ。思い出したとたん、寂しさが押し寄せてきた。
波の音が聞こえる。海が見たい。そう思ってあたしはこっそり家を抜け出した。
海までは歩いて3分くらい。砂浜に着くと、裸足になった。ちいさいときからの癖。ひんやりとした砂が気持ちよかった。波打ち際まで歩いてみる。見渡す限り、人の姿はない。そっと足をつけてみる。海はあったかかった。涙がこぼれる。月明かりが海面を照らしている。それを目指して、少しずつ沖へと進んでみる。服がぬれたけど、どうでもよかった。進んでも進んでも、月明かりには届かない。
気がつくと、あたしは肩まで海に入っていた。もっと沖まで行ってみようか。そんな考えが浮かんだが、コンタクトが流れてしまったら困ると思ったので、止めた。固く握り締めていた手を開く。鍵が海の底へと沈んでいった。
びしょぬれのまま、家まで帰った。親に気づかれないようにシャワーを浴び、自分の部屋に戻る。アルバムを開いて、トシオとの思い出を1枚ずつ抜き取っていく。あたしたちは距離を埋めるかのように、とてもたくさんの写真を撮っていた。それらをすべて外すと、あたしのアルバムには1枚も写真が残っていなかった。写真はひとまとめにしてゴミ袋に入れた。クリスマスにもらったペンダント、誕生日にもらった指輪、シンデレラ城のメダル。トシオとの思い出の全てを、あたしはゴミ袋に入れた。口を縛りクローゼットの奥に押し込む。最後に携帯の電話帳から”トシオ”を削除した。
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どうやって家に帰ったかはよく覚えていない。切りたかった。でも、ゲジゲジが邪魔をした。昨日の夜のことを思い出す。ぱっくりと裂けた皮膚。黄色っぽい脂肪。ムラサキ色の血管。腕に透ける血管を指でなぞる。あたしは、これを見たんだ。もう少し深ければ、血管も切れたのかな。そうすればあたしは死んでいたのだろうか。あたしはカッターの代わりに、薬の袋を手に取った。テトラミドを10錠数え、飲み干す。このくらい飲めば、きっと何も考えずに眠れるはず。望むことはそれだけだった。意識を失う瞬間、トシオの匂いがした気がした。
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家に帰り、あの日以来初めて携帯の電源を入れる。リダイヤルから、トシオの番号を呼び出す。何百回と繰り返した動作。通話ボタンを押す。呼び出し音が聞こえる。プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル、プルルルル。5回目で、懐かしい声が聞こえた。
「・・・マユ?どうしたの?」
「会いたい。」
「え?」
「会いたいの。」
「・・・無理だよ。仕事中だし・・・」
「仕事が終わってからでいい。会いたい。」
「今日は、予定があるんだ。ごめん、仕事中だから切るよ。」
プープープー。通話終了を知らせる音。よそよそしい口調には気づいていた。だけど、もう自分を止められなかった。
その日の夜遅く、あたしはトシオのアパートの前にいた。部屋に電気がついているのを確認して、チャイムを鳴らす。
「・・・マユ!」
トシオが驚いた顔をする。
「会えないって言ったよね?」
言いながら、部屋の中を気にしている。
「トシオの車に置いてあったCDがどうしても聞きたくなったの。」
あらかじめ考えてあった、口実。
「ちょっと待ってて。」
そう言って、無理やり部屋に入ろうとしたあたしを拒絶する。
鍵を持ったトシオと駐車場まで歩いた。久しぶりに見る背中。繋ぎたいのに繋げない手。
「ねえ、今日泊まってもいい?」
「ダメ。」
「いいじゃん。セックスしようとか言わないから。」
「ダメ。」
「どうして?いいじゃん。」
トシオが困っているのはわかっていた。でも、もう後に引けなかった。
「・・・いるんだよ。」
「え?」
「部屋に。」
「だれ?」
「新しい彼女。」
「・・・!」
あたしは言葉をなくす。
「勝手に出ていったきり連絡もくれなかったのはマユじゃん。俺、悪いことはしてないと思うけど?」
そう。あの日アパートを飛び出したのはあたしだった。それでも、心のどこかではトシオが待っててくれるって信じていた。また前みたいに暮せるって、勝手に思い込んでいた。そう、勝手に・・・
「・・・わかった。じゃあ、最後のお願い。ぎゅうって、抱きしめて。」
あたしを抱いている間、トシオが何を考えていたのかはわからない。それでもよかった。
「トシオの匂いがする・・・」
ずっとこらえていた涙が溢れ出す。
「ほんとに好きだったの。」
「うん。」
「CDなんて口実で、ただ会いたかったの。」
「うん。」
あたしは声をあげて泣いた。懐かしいトシオの匂いと体温を心に刻み付けて、あたしは体を離した。
「行って。」
「でも・・・」
「いいから、行って。トシオがいると、あたし帰れない。行って!早く。」
「じゃ・・・」
最後の背中は、涙で見えなかった。今わかった。あたしはセックスがしたいんじゃなくて、ただ抱きしめられたかっただけなんだ。ずっと抱き合うことすらなかったんだ、と改めて思った。あたしは泣いた。たぶん赤ん坊のとき以来って思えるほど、大声をあげて、泣いた。
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帰り道、なんとなくコンビニに寄ってみた。久しぶりに外の空気に触れた気がした。雑誌を手にとりパラパラとめくってみるが、内容はまったく頭に入ってこなかった。お茶を買って店を出る。押さえていたトシオへの感情があふれ出す。トシオに会いたかった。もうセックスなんてしなくたっていい。ずるくったって構わない。もう1度、名前を呼んでほしい。名前を呼んでほしい。頭をなでてくれればそれでいい。東京のあの部屋に帰りたかった。楽しかったあのころに、帰りたかった。
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外科医は、カルテを横目で見ながらあたしの包帯を外した。傷の具合をちょっと診て、
「うん、いいでしょう。お風呂も入っていいですよ。抜糸するので、1週間後にまた来てください。」
そう言って、透明な膜のようなテープを貼る。ゲジゲジが、閉じ込められた。
そのまま精神科に行く。受付をすると、今日の外来担当は平山ではないことを告げられる。
「誰でもいいです」と答え、待合室に入る。
散々待たされて、ようやく名前を呼ばれて診察室に入る。カルテを見ていた医者が顔を上げる。
「えっと、山田さんね。昨日の夜、来てるみたいだけど、どうしたの?」
「・・・昨日、予約の時間に来れなくて。」
「どうして来れなかったの?」
「だるくって、起きれなかった。」
「そっか。また、切ったんだね。縫ったのは初めてでしょ。なんで、そんなに深く切ったの?」
「薬が、なかった。」
「薬?」
「昨日、診察来なかったから。薬のんで寝ようと思ったんだけど、薬がなくて・・・」
「何かあったの?」
「病院、行けなかった。お母さんが、困った顔、した。」
「それがつらかった?」
あたしは、頷いた。
医者は、カルテに何かを書き込み、
「同じ薬を出しておくよ。来週の水曜日の3時、平山先生のいるときに予約を入れたから。1人じゃ辛かったら、家族の人に連れてきてもらいなさい。いいね?」
「・・・1人で来れます」
あたしは診察室を出た。
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翌日あたしは1人で病院に行った。ものすごくだるかったけど左腕の包帯の、その下にある傷を思い出すと、なぜだかすごくうれしかった。まず外科に行こう、と思った。
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「おまえ、休みとれるか?」
「しかたないわ。明日、なんとか精神科のほうも連れて行くから。」
帰りの車の中。両親の会話が聞こえた。
「・・・大丈夫。明日は1人で行くから。絶対。」
こんな時でさえ、あたしはいい子であろうとしていた。
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