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2008年9月

-4-

 もうそろそろだな。新幹線のホームに立って、あたしは時計を確認する。今日はトシオが帰ってくる日。待ちに待った、運命の日。あれから1ヶ月、あたしは普段どおり、起きて、バイトに行って、眠って、という日々を繰り返した。考えるのが怖かったから何も考えないようにした。それでも今日はやってきた。電車が入ってくる。スーツ姿のサラリーマンに混ざって、Tシャツにジーンズ姿のトシオが目に入った。

 「トシ!」声をあげる。

 「マユ!」トシオが手を振り、こっちにやってくる。

 あたしは、笑顔をつくる。

 「おかえり、トシ。」

 「ただいま、マユ。」

 トシオが微笑んだ。

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-3-

 両親はあたしがトシオと付き合っていることを、良くは思っていない。父も母も公務員で、あたしは小さい頃から「いい子」でいなければならなかった。

 「お父さんとお母さんの子なんだから、これくらいできてあたりまえだ」

 そう言われ続けて育った。地元有数の進学校に入学し、同じく地元国立大学の教員課程に進学した。別に先生になりたいわけじゃなかったから、教員採用試験は受けなかった。わざとレールから外れるように、あたしは洋服屋の店員になった。でもそれも長くは続かなかった。原因はいろいろあったけど、1番の理由は休みが合わなくてトシオと会えなくなったことだった。結局フリーターとなって、学生時代にバイトをしていたコンビニで働いている。そんなあたしを両親は恥としか思っていないようだった。

 ずっと窮屈で息が詰まりそうだった。忙しくてろくに口を聞いてもくれない母親に、頭ごなしにすぐに怒鳴りつける父親。ずっと逃げ出したかった。なんで生まれてきたんだろうって思っていた。「消えたい」っていつも思っていた。ノートにひたすら「助けて」と書き続けたこともあった。そんな中であたしはリストカットを覚えた。そんなに深く切るわけではないけど、血が流れるのを見ると気持ちが落ち着いた。傷跡が残ればいいって、切るたびに思った。でも1週間もすればきれいに治ってしまう。深く切る勇気もないあたし。なにもかもが中途半端だ。あたしなんて、消えてなくなればいい。

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―※―

 「今度会うときはもう、離れなくていいんだな。」

 長距離バスターミナルでトシオが言った。バスが来たらまた離ればなれ。何年たってもこの瞬間は悲しい。繋いだ手を離すことができない。トシオが愛しくてしょうがない。こんな思いもこれで最後なのか。あたしは、夜の東京を目に焼き付けた。

 目が覚めると雨が降っていた。窓の外には見慣れた風景が広がっている。大きな寂しさと、少しの安堵感。日常に帰ってきた。いつもの駅にバスが止まる。トランクから荷物を出してもらう。あたしはタクシーを拾い、家の場所を告げた。1ヶ月後には、この日常の中にトシオがいるのが当たり前になる。実感がわかなかった。だってトシオとは、遠距離恋愛しかしたことがないのだから。

 家に着いたのは朝の7時だった。父も母も、まだ仕事に行く前だ。もう少し、遅く帰ればよかった。後悔する。親とはなるべく顔を合わせたくない。「ただいまー」と家に入ると、案の定2人とも機嫌がよくない。そそくさと、2階にある自分の部屋へ向かう。窓の外にはどんよりと重たい雲が広がっていた。

 引き出しの中から、安全カミソリを取り出す。左腕にあて、軽く滑らせる。にじみ出る血をペロっと舐めてから、あたしはベッドに入った。

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